東京地方裁判所 昭和43年(ワ)8362号 判決 1969年11月28日
原告
松永俊子
ほか一名
代理人
原長一
ほか四名
被告
石井運輸株式会社
ほか一名
代理人
平沼高明
ほか一名
主文
一、被告らは各自、原告松永俊子に対して金二六二万七三三三円およびこれに対する昭和四三年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告松永智之に対し金三四万八六六六円およびこれに対する昭和四三年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
二、原告らのその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告松永俊子と被告ら間においてはこれを一〇分し、その三を同原告の負担としその余を被告らの負担とする。原告松永智之と被告ら間においてはこれを五分しその四を同原告の負担としその余を被告らの負担とする。
四、この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一、本件交通事故の発生
請求の原因第一項記載の事実については、当事者間に争いがない。
二、責任原因
1 <証拠>と弁論の全趣旨を総合すれば、つぎの事実を認定することができる。すなわち、本件事故の現場は、南北に通ずる車道幅員一四、八メートル、その両側にそれぞれ幅2.8メートルの歩道が設けられた舗装道路(甲道路)と、右道路からほぼ北西方に向けて分岐する歩車道の区別のない幅員6.45メートルの舗装道路(乙道路)によつて形成された変形T字交差点内であつて、本件事故は、右交差点の南西隅から東方に0.65メートルほど離れた地点において、被害者好史が乗つていた自転車のハンドル右側の「握り」部分と加害車の左側フロント・フエンダー後部付近および右自転車のハンドル付近に取りつけられた警音器と加害車の荷台下部に取りつけられた「足掛け」下部が接触したことによつて発生せしめられたものであること、本件事故当時、甲道路は車両で混雑しその交通も渋滞しがちであつたのであるが、被告村上は、運転助手その地の者の同乗していない加害車を運転し、甲道路の左側歩道の縁石線から、ほぼ0.85メートル付近を、右縁石線にほとんど平行して北進し、乙道路に向け左折しようとしたこと、そのため被告村上は、まず右交差点の約二〇メートル前方において加害車左側前部の方向指示器を点灯して左折の合図をしたのであるが、右方向指示器のレンズカバーは、本件事故以前から破損していて(このレンズカバーが破損していたことについては、当事者間に争いがない。)、裸電球のみが露出し、充分にその機能を発揮するものではなかつたこと、そして被告村上は、その場からさらに一五メートルほど進行して、いわゆる信号待ちのために加害車をいつたん停車させたのち、時速約一五キロメートルの速度で発進し、加害車の左側サイドミラーにより後方を確認したうえ左折を開始したが、その際には左折の障害となるものもなかつたので、そのまま左折をつづけ、その直後何気なく前記サイドミラーをのぞいたところ、被害者好史が、その乗つていた自転車もろとも転倒する姿が写つたので、すぐさま急停車の措置をとつたがおよばず、加害車左後車輪で被害者好吏の頭部を轢過するにいたつたこと(加害車後車輪で被害者好史の頭部を轢過したことは、当事者間に争いがない。)、加害車は、その全長が七メートル余もあるキャブオーバー型自動車であつて、被告村上がその運転席についた場合、その目の高さは地上2.22メートルにも達し、しかもいわゆる右ハンドル車両であるため運転席からは、被害者好史が接触した前記加害車部分とその後方は肉眼ではもちろんサイドミラーによつても確認し得ない死角となるものであること、以上の事実が認められる。これらの事実と後記認定の被害者好史は本件事故発生直前、自動車で混雑する甲道路の車道内左側を自転車で加害車と同一方向に走行していた事実を総合して考えると、結局、本件事故は、被害者好史が加害車とその左側歩道縁石線との一メートルにも足らない間隙を、しかも被告村上によつて死角内を加害車の左折合図にも気づかず走行しているうち、加害車が左折したため前記のとおり接触し、発生するにいたつたものと認めるのが相当である。そして、地にこの認定を覆すに足りる証拠はない。以上の事実に基いて考えて見ると、右のように加害車が車両で混雑しその交通も渋滞がちな甲道路歩道縁石線直近を走行する場合、加害車と同一方向に進行する自転車等が加害車と歩道縁石線との間隙に進入することがあることは、自動車運転者たる被告村上としては当然予想すべきであり、かつ、右のごとき状態で加害車を左折させれば、加害車左前車輪と後車輪の内輪差によつて加害車の車体後部はさらに歩道縁石線に接近し(かかる内輪差の生ずることは、実験則上明らかである。)、その左側部分が前記のような状態で走行する自転車等に接触する危険は充分に予知できるのであるから、被告村上としては加害車の左折にあたつては、これを念頭に左折開始態勢に入るべきであつたことはもちろん、加害車の前部方向指示器がレンズカバーの破損により、その左側通行者に対し充分な警告的機能を果さず、かつ、加害車には前記のとおり死角を生じ、運転者のみではこの死角内に入つた通行者に対する安全を確保し得ない欠点があるにかかわらず、加害車にはこの欠点を補うに足りる運転助手その地の補助者を同乗させていなかつたのであるから、被告村上としては、前記左折にあたつては、通常の事態における左折と異り、左折開始前にさらに減速徐行し、あるいは加害車をいつたん停車させて、その左側併進車両ないし後続車両の有無とこれに対する安全を確認し、これらとの接触事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたというべく、これを怠り前記のおとり漫然左折を開始したため、本件事故が発生するにいたつたものとするほかない。一方前顕甲第五七号証の四とその成立に争いがない乙第三号証を総合すれば、本件事故発生直前、甲道路を被害者好史より約二〇メートルほどおくれ、しかも普通の自転車に乗つて被害者好史と同一方向に進行していた同人の友人訴外井桁末男(当時一三歳)は、右道路が車両で混雑し、ほとんど道いつぱいに自動車が通行していたため、身の危険を感じて歩道に乗りあげて進行せざるを得ないほどであつたこと、それにもかかわらず被害者好史は一〇段変速ギヤ付スポーツ用自転車で、右のように自動車で混雑する車道内左側を、訴外井桁も追いつけない速度で疾走していたことが認められ、これらの事実と前記の諸事実を総合して考えると、被害者好史にも、本件事故の発生につき前記のごとき道路の危険に対する注意を怠つた過失があつたものというほかないのであつて、この過失と被告村上の前記過失とを対比して考えると、本件事故の発生に寄与した両者の過失の割合は、大むね被告村上の八割に対し被害者好史が二割と認めるのが相当である。
2 そして、請求の原因第二項1の事実は当事者間に争いがなく、被告会社の自賠法三条但書所定の免責の抗弁は、本件事故が前記のとおり被告村上の過失により発生したものである以上その他の判断をなすまでもなく失当として排斥をまぬがれないから、被告会社は自賠法三条本文、被告村上は民法七〇九条の各規定により、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償する義務(不真正連帯)があるというべきである。
三、損害
1 葬儀費用
被害者好史の父である訴外貢が、被害者の葬儀費用として原告ら主張のとおり金二二万円を下ることのない金員の支出を余儀なくされたことは、<証拠>によつて明らかである。
2 被害者好史の逸失利益の損害
<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、被害者好史は、昭和二八年五月二日生れで本件事故当時一四歳のきわめて健康な少年であつたことが認められる。しかして特段の反証のない本件の場合にあつては、被害者好史は本件事故に遭遇しなければ、爾後その平均余命である55.9年(厚生省発表第一二回生命表による。)は生存し、その間すくなくとも二〇歳から六〇歳までの四〇年間は稼働して、その全稼働期間を通じて毎月全産業常用労働者の月間平均賃金である金四万三二三六円(総理府統計局編・日本統計月報昭和四三年一二月号)を下ることのない収入を挙げ得たであろうと推認すべく、しかもその間に要する同人の生計費は、原告らが自陳するとおり収入の五割を出ないものと認めるのが相当であるから、これに基づいて被害者好史の死亡による逸失利益を計算し、かつこれからホフマン式計算法(複式・年別)によつて年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すれば、その合計額が金四九七万円(一万円未満切捨)となることは、計算上明らかである。
(43,236円×0.5×12)×(23.53374754−4.36437041)=4,972,843円
ただし
23.53374754は,利率年5分,年数
46年の単利年金現価指数
4.36437041は,利率年5分,年数5年の単利年金現価指数
そして、本件事故の発生につき被害者好史にも過失があつたことは前記のとおりであるから、この寄与過失の割合をもつて過失相殺すれば、被害者好史の死亡による逸失利益の損害は金三九七万六〇〇〇円となる。
3 権利の承継と養育費の控除
訴外貢と原告俊子が、被害者好史の父母としてその相続人の全部であることは、原告俊子本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて明らかであるから、右両名はそれぞれ被害者好史の逸失利益の損害賠償請求権の二分の一を相続したものというべきである。
そこで被告らの損益相殺の主張について見るに、訴外貢と原告俊子が被害者好史の扶養義務者であつたこと、したがつて同人の死亡によりその扶養の義務をまぬかれたものであることは弁論の全趣旨によつて明らかであり、かように被害者の死亡による逸失利益の損害賠償請求権を相続した者が、同時に被害者の扶養義務者でもあり被害者の死亡によつて扶養義務をまぬかれた場合にあつては、その相続にかかる損害賠償額から扶養義務をまぬかれなければ支出すべかりし養育費を控除すべきものと解するを相当する(当庁昭和四四年二月二四日判決、判時五五〇号五〇頁参照)。
そして被害者好史が前記のとおり稼働開始するまでの間、被告らが主張するように毎月金一万円程度の養育費を要するものであることは、原告らの明らかに争わないところであるから、これに基づき、被害者好史の稼働開始までの養育費からホフマン式計算法(複式・年別)によつて年五分の割合による中間利息を控除して積算すれば、その合計は、つぎの計算が示すとおり金五二万円(一万円未満切捨)となる。
(10,000円×12)×4.36437041
=520,3724円
4.36437041は,利率年5分,年数5年の単利年金現価指数
したがつて、訴外貢および原告俊子の前記相続にかかる逸失利益の賠償債権額は、前記金三九七万六〇〇〇円から右金五二万円を控除した金三四五万六〇〇〇円の各二分の一となる。
2 訴外貢の慰藉料請求権
訴外貢が被害者好史の父であることは前記のとおりであり、<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、訴外貢は大正七年一〇月生れであつて本件事故の数年前から冠動脉硬化症と高血圧症とによつて加療中であり、その長男の被害者好史の将来に嘱望するところが大であつたが、本件事故後三ケ月余を経過した昭和四二年一一月一三日に心筋梗塞症により四九歳をもつて死亡した事実が認められるのであつて、訴外貢はその生前被害者好史の本件事故死を原因とする民法七一一条所定の慰藉料請求権を取得したと解するのが相当である。ところで原告らは訴外貢の右慰藉料請求権を相続したと主張するのでこの点について見るに、慰藉料請求権は、いうまでもなく極めて主観的かつ個別的な精神的苦痛それ自体の慰藉を目的とする権利であつて、その性質上帰属においても行使においても該請求権者の一身に専属し、右請求権者の請求に対して加害者がその支払を約し、または請求権者において該請求権行使のため訴を提起するなど、右請求権行使の意思を具体的確定的に、しかも明示的に表示した場合のように特別の事情がある場合のほか、請求権者の死亡と同時に消滅し相続の目的とはならないと解すべきであり、そして右の特別の事情について何らの立証がない本件にあつては、訴外貢がいつたん取得した前記慰藉料請求権は、同人の死亡によつて消滅し、原告らにおいてこれを相続するに由なきにいたつたものといわざるを取ない。よつて、原告らのこの主張は爾余の判断をまつまでもなく失当たるをまぬかれない。
5 原告俊子の慰藉料
原告俊子が被害者好史の母であることは前記のとおりであり、同原告は被害者好史の本件事故死を原因とする慰藉料として金一五〇万円を主張するのであるが、原告俊子本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告俊子と訴外貢の間には被害者好史のほか二男の原告智之があるだけであり、訴外貢が前記のとおり病弱だつたこともあり、本件事故当時、すでに中学校二年在学中であつた長男の被害者好史の将来に期待するところが大きく、同人の高等学校進学を目前に同人を喪い多大な精神的苦痛を蒙つたことが認められるのであり、これと本件にあらわれた諸般の事情を斟酌して考えると右慰藉料金一五〇万円は低きに失するものというほかない。そして当裁判所は、かかる場合原告の主張額をこえて慰藉料を算定することは、その賠償総額において原告主張の損害額を超えない限り許されると解するので、以上諸般の事情を考慮し原告俊子の慰藉料額は金二〇〇万円をもつて相当と認める。
6 権利の承継と損害の填補
原告智之が訴外貢と原告俊子間の二男であることは前記のとおりであり、原告らが訴外貢の相続人の全部であることは弁論の全趣旨により明らかである。したがつて訴外貢の死亡により同人が被害者好史のため支出した葬儀費用および同人が相続した被害者好史の逸失利益合計金一九五万八〇〇〇円の損害賠償請求権につき、原告俊子は妻としてその三分の一の金六四万九三三三円、原告智之は子としてその三分の二の金一二九万八六六六円をそれぞれ相続したものというべきである。したがつて原告俊子の損害賠償請求権は、右金六四万九三三三円に相続にかかる被害者好史の逸失利益の損害金一七二万八〇〇〇円および慰藉料金二〇〇万円を加算した合計金四三七万七三三三円となる。ところで、原告らが本件事故に関し昭和四三年二月二八日自賠責保険金三〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、右金三〇〇万円のうち金二〇〇万円を原告俊子の、金一〇〇万円を原告智之の前記各損害賠償請求権の一部に充当したことは原告らの自陳するところであるから、これを控除すれば、右各請求権の額は、原告俊子につき金二三七万七三三三円、原告智之につき金二九万八六六六円となる。
7 弁護士費用
原告らが本訴の原告訴訟代理人らに対し叙上の損害賠償債権の取立を委任し、その主張のとおりの手数料および報酬を支払うべき旨を約束したことは、原告俊子本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて明らかであり、被告らの本訴における応訴行為が不当抗争にあらざる所以につき何らの主張も立証もない本件にあつては、原告らが本訴の提起追行に要した弁護士費用も亦本件事故と相当因果関係ある損害と解するを相当とするところ、その額については、叙上の認定損害額および本訴の推移にかんがみ、原告俊子につき金二五万円、原告智之につき金五万円をもつてそれぞれ相当と認める。
四、以上のとおりであつて、被告らに対し、原告俊子は金二六二万七三三三円およびこれに対する本訴状が被告らに送達された翌日であること記録上明らかな昭和四三年八月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告智之は合計金三四万八六六六円およびこれに対する右同日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金のそれぞれ支払を求める権利があるから、原告らの本訴請求はこの限度において正当として認容し、その余の請求はいずれも失当として棄却する。
よつて、民訴法九二条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(原島克己)